7.「第九」とわたし 最終章

 アマチュアの音楽活動というものは、音楽史に残ることはありません。しかし、音楽活動の中心に、わずかながらでも影響を与えることができます。日本でのアマチュア合唱は、「第九」が盛んになる前は、演奏会の殆どはピアノ伴奏で経費も安いものでしたが、オーケストラと歌う醍醐味を知った人々は、バロックから現代に至るオーケストラ付き合唱作品に興味と期待を持ち始め、既存のプロオーケストラとの共演(高額な出演料)を試みます。一方で音楽大学卒業の器楽奏者はというと、既存のオーケストラに就職することが不可能になるなかで、自らフリーランサーとしてソロやアンサンブル活動を始め、(アマチュア・オーケストラの広がり、レベルアップと相まって)比較的安価でオケとアマチュア合唱団との共演が可能になりました。このことで「オケ付き声楽作品」(いわゆるクラシック音楽の名曲)の分野の演奏会が急速に拡大していきました。今ではコンサートが週末土日に集中するため会場確保も難しくなっています。

 60年代に始まったアマチュア合唱団による「第九」は全国に広がり最盛期には、国内で約150回にものぼりました。この第九人気に乗じて、プロフェッショナルのオーケストラの年末恒例の演奏会となりました。その後川崎では、オペラ『カルメン』、『フィデリオ』を演奏するまでになりました。

 私たちもモーツァルトやフォーレの『レクイエム』、『メサイア』、バッハ『マタイ受難曲』『ミサ曲ロ短調』から現代の作曲家であるジェンキンス『スターバト・マーテル』等、新たな挑戦を続けていくことができました。

 また、80年から90年代の演奏会でソリストや指揮者を起用する際、外国人アーティストに頼らざるを得ないケースが多々ありました。その間にトーマス教会の音楽監督を務めたロッチュ氏を10数年に亘って招聘し、指導を受けられた恩恵も忘れることができません。

 第九で合唱指揮活動を本格的に始めた僕です。「第九で家族を養った」と言える程、夢中に全国を駆け巡りました。もうひとつ、僕の誇りは、日本の『メサイア』の初演に合唱団員として母親が参加していたということがあります。多分90年ほど前のことだったと思います。年末のNHK「第九ドキュメンタリー」を見ながら、50年になってしまった合唱指揮生活を振り返り、その活力となった「出来事」「人々」を思い出さずにはいられませんでした。

おわり

 

                      《参照

矢羽々崇『第九の演奏史のひとこま』

安達正勝『物語ふらんす革命』

ひのまどか『モーツァルト』

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