2.アマチュアへの第九普及

 18世紀の音楽史を考ええる時、啓蒙思想に触れないわけにはいきません。

 啓蒙思想とは、人間をあらゆることの中心に置き、絶対主義的な権威への否定に向かい、その攻撃の矛先は政治だけでなく宗教にも向けられました。---神は人間を作ったが、人間社会はその人間が作ったものであり、だからこそ、社会の変革も可能であるという立場をとる---ある貧しい民が、強固な身分制度のもと、苦しみを負いながら生きているとします。啓蒙思想以前では、それは神の意志であるので、その民はそれを受け入れる以外ありませんが、啓蒙思想の影響が及ぶと、その民は、自分が幸せでないことの原因を為政者らに求めるようになります。この発想が積み上げられ、産業革命を経て、やがてフランス革命を牽引する思想につながっていくのです。そして勤労者にも労働者としての階級意識が目覚め始めます。

 『第九』合唱をめぐるヨーロッパの動向で、注目したのは、1900年代前後です。

 教会と宮廷の圧倒的権威のもと、特別な専門教育を受けた演奏家のみが担うクラシック音楽界に変化が起こってきます。新興勢力である富裕市民層が台頭し、新しいヨーロッパ社会を形成していくのです。その新興勢力に同調する聖職者や貴族の進歩派が、一般市民を巻き込みながら発展していったと考えられます。そんな風潮から、一般市民、特に技術を持った職工を中心に、第九を歌う運動がありました。その運動の最盛期には、年間50回程度の第九演奏会が開かれていました。50回というと、どこの都市でも第九をやっている状態ではないでしょうか。

 余談ですが、「ルネこだいら」がオープンした時、「第九」をやりました。その時は500名の市民が合唱に参加しました。町を歩くと、あちこちで合唱団員に会ってしまう状態だったことが思い出されます。

つづきは .僕の仮説

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